[「歯ブラシすら足りない」 医薬品届かず医療関係者の悲鳴]

(産経新聞  2011年3月19日)


多くの人が死傷し、避難所で不自由な暮らしを強いられている東北地方の
被災地。
「医薬品が足りない」
「燃料がない」
生命を守る最前線の医療機関からは、医療関係者からの悲鳴が聞こえる。


<生き延びたのに・・・>
津波で1階が水没した宮城県気仙沼市の森田医院を17日朝訪れた小野寺孝さん
(64)は、求めた高血圧の薬を受け取れなかった。
津波でカルテが流され使っていた薬の名前も分からないという。
医院からは医薬品も多く失われた。
森田潔院長は「肺炎や扁桃炎、腸炎を防ぐ抗生物質が足りない。症状を
見分ける血液検査器も、口から雑菌が入るのを予防する歯ブラシすらも」と
話す。


地域の中核病院、気仙沼市立病院の正面玄関には「高血圧や糖尿病など必要
不可欠な薬に限って処方する」との張り紙が。
家を失った被災者は持病薬もともになくし、薬を求め少しでも大きな病院を
目指す。

地震と津波で生き延びながら、その後命を落としたり危険にさらされている
人が相次いでいる。


津波に襲われた宮城県東松島市の避難所では、水にぬれた被災者が「寒いから
寝るな」と声を掛け合う中で高齢者が息を引きとった。
がれきに長時間閉じ込められたことによる低体温症で亡くなった人も相当数
いる可能性がある。

岩手県釜石市の病院では地震による停電で医療機器が止まり入院患者8人が
死亡。

福島県では福島第1原発事故で大熊町の病院からいわき市へ退避した入院
患者のうち14人が避難先で命を落とした。


大震災から1週間がたち、約2,100カ所の避難所で約38万人が生活している。
低温と食料不足が体力を奪い肺炎などの感染症への懸念が強まる中、医薬品の
欠乏も深刻だ。

日本医師会は糖尿病や高血圧などの治療薬や、透析に使う薬品など多くの
種類の薬が現地に届いていないと訴える。



<流通障害足かせ>
医薬品の準備は十分あり、届かない原因はガソリン不足による「流通障害」
だというのが厚生労働省の説明だ。
医療機関の要請は各県の県災害対策本部がまとめ、地元の医薬品卸会社や
組合に要望。
卸が製薬会社に必要量を注文する。
処方箋が必要な医薬品は食品などと違い、医師の要望量を卸が介する経路を
通じなければ出荷できない事情が製薬会社側にはある。

製薬最大手、武田薬品工業(東京)は「被災地の卸会社の要望量には応えて
おり出荷は滞っていない」とし、被災県の都市部にある物流拠点までは届いて
いる薬もある。

だが岩手県によると帰路の燃料を心配し東京からの配送を拒否するケースも。

水沢市内の大手医薬品卸の支店によると、点滴用の輸液は首都圏からの搬入が
滞っている。

被災地域内での配送はさらに条件が悪い。
卸業界はオートバイや自転車も動員し配送に奔走するが遠隔地は難しい。
沿岸部へは17日までに自衛隊ヘリによる医薬品輸送が始まったが、輸送拠点は
絶対的に足りない。
約8,000人と連絡が取れない宮城県南三陸町ではガソリンがなく救急搬送も
できない。


政府は17日夕、石油業界に300台のタンクローリーを追加投入するよう要請。
燃料供給は命に直結している。


被災直後に石巻赤十字病院(宮城県石巻市)で医療活動に当たった、成田
赤十字病院の中西加寿也医師(52)に当時の様子を聞いた。

--現地にいた期間は
「12日夜から14日昼まで。日赤の救護班の一員および災害派遣医療チーム
(DMAT)として派遣された」

--病院の状況は
「到着時、1階のフロアはすべて人で埋め尽くされていた。毛布を敷いて横に
なっている人もいれば、椅子に座っている人もいた。このフロアでは軽症
患者と中等症患者に分けて、それぞれ別のブースで治療に当たっていた。
椅子や簡易ベッドを使っての診察だったが、それ自体は大きな支障は
なかった」
「しかし、治療が終わり、避難所に戻ることが可能と判断されても、電気、
水道、暖房などライフラインが確保されておらず、過酷な環境のため、病院の
中に置いてほしいという人が多く、被災者が院内に滞留する結果になった」

--日中の病院の様子は
「早朝から、ヘリコプターや救急車などが、ひっきりなしに救出した患者を
搬送してきたので、院内の滞留は続いた。13日は、中等症患者の診療を担当
したが、寝かせて診察する場所をつくり出すのに苦労した」

--医薬品は足りたか
「医薬品や検査試薬は、一部で残量が少なくなってきて、さらに補給のめどが
立っていないため、使用するかどうか判断が難しかった。手術は、器具の洗浄
などのための水が不足していることから、原則行われていなかった」

--病院のライフラインは
「通常使用の水は屋上のタンクにある貯蔵分だけで、電気も自家発電
だったが、その燃料も14日まで、食料は入院患者用の備蓄が14日の昼で
なくなってしまうという話だった。幸い電気は13日午後、優先的に供給が
始まり、停電という事態は避けられた。食料も14日早朝、救援物資を積んだ
トラックが到着、何とか間に合ったと思う」

--一番困ったことは
「現地で何が起きているのか、情報を発信する手段が不十分だったことだ。
インターネットも携帯電話も駄目、衛星携帯電話もなかなか使えない。薬が
足りない、赤ちゃんのミルクが足りない、重症患者を別の病院に搬送したい
など、必要なことを伝えたいのに十分できない。病院の会議では、情報発信が
できる地域に出た人は、とにかく石巻の惨状をアピールして、広めてくれと
話し合った」


http://sankei.jp.msn.com/life/news/110319/bdy11031908260001-n1.htm