[若月俊一]

(Wikipedia)


若月俊一(わかつき としかず、1910年6月26日 – 2006年8月22日)は、
長野県佐久市にある佐久総合病院を育て、農村医学を確立した医師
(外科医)。
東京帝国大学医学部卒。
日本農村医学会の創立者。
国際農村医学会名誉会長。


東京帝国大学分院外科、大槻菊男教授のもとへ入局。
大槻教授の勧めで1945年に長野県南佐久郡臼田町(現佐久市)の佐久病院に
赴任。
戦後、労働組合を結成して委員長となり、1946年にはやはり「全従業員の
投票」により院長に就任した。

「農民とともに」の精神で地域住民の中に積極的に入り込み、無医村への出張
診療など住民と一体となった運動としての医療実践に取り組む。
また外科医として先駆的な脊椎カリエスの手術などもおこない精力的に発表
した。

「予防は治療に勝る」との考えのもと自ら脚本を書いた演劇などをセットに
した出張診療をおこない衛生活動の啓発に努めた。
特に八千穂村では現在の健診のモデルとなった全村一斉健診を早くから
行った。
農民の生活に密着したフィールドワークや研究をおこない、気づかず型、
がまん型の潜在疾病の概念を確立し、日本のみならずアジア諸国の農村医療の
モデルとなっている。
医療の民主化をめざし、約半世紀にわたり地域での医療実践に尽くした。

著書『村で病気とたたかう』(1971年刊岩波新書)は地域医療を志す人間の
バイブル的存在である。

2006年8月22日、肺炎のため、入院先の佐久総合病院で死去。


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