「お任せします」は危険 元東京医科歯科大学教授エッセイ
[「お任せします」は危険]
元東京医科歯科大学教授エッセイ
(読売新聞 2008年9月26日)
「たこは冬!」。
凧(たこ)ではなく、食べる方の蛸(たこ)である。
出版社に勤務するいとこが先日、ミシュラン・ガイドブックにも載るほどに
有名なすし屋で言われた言葉だ。
知り合いと楽しく食べている最中、たこを注文すると、主人から何が気に
食わなかったか、いきなり冒頭のセリフを言われた。
たこを食べるのは冬が旬だということを言いたかったのだろうが、一瞬、
友人との談笑も凍り付き、気まずい思いで早々に店を後にしたらしい。
おいしいと評判の店でも、会話ひとつで、砂をかむようにまずくもなる。
歯科医院においてもしかり、説明不足、コミュニケーション不足、理解不足
などなどが相まって、歯科医と患者が気まずくすれ違う。
「前の歯科医院で歯を抜かれてしまったんです」
「知らないうちに歯を削られて、気が付いたら、ここが銀色になって
いたんです」
などと、患者さんから、全く納得できないような調子で言われることがある。
それが1人や2人ではなく、初診の患者さんの多くからである。
ちょっと、ちょっと、本当ですか?
それじゃまるで犯罪じゃないですか。
傷害罪で訴えられてしまいますよ。
もちろんそんな訳はないだろうが、歯科医側としては、患者さんにそう
思わせてしまうこと自体問題である。
抜かれた歯は、歯科医学上の基準では抜歯の適応だったのであろう。
だからと言って、患者さんに説明しないで抜いてよいわけではない。
「気が付いたら銀色だった」なんて言葉だけはロマンチックだが、これまた
患者さんとしてはやりきれない。
歯は白いものと思っているのに、いきなり銀色である。
納得するわけがない。
歯を抜く場合でも、削る場合でも、本来は歯科医と患者との間で契約が出来て
いたはずである。
ところが歯科医の説明が、どこまで患者さんに通じていたかは分らない。
とくに保険治療では、説明に対する報酬がほとんどないため、歯科医側も十
分に説明をしていないことが多い。
患者さんの不満は治療そのものよりも、治療に対する説明不足に向けられる
ことが圧倒的に多い。
患者さんの中には「全部、お任せします」と言って下さる方もいる。
まあ、それはそれでありがたいのだが、「お任せします」と言ったのに、
思った通りに進まないと、手のひらを返したように文句を言う人もいる。
今度は歯科医の方が納得いかない。
治療方針の最終決定は必ず自分で行い、「お任せします」は、お互いに最も
危険と心得るべきである。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/karadaessay/20080926-OYT8T00444.htm
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