[皮膚 円形脱毛症:4 娘を出産、母の思いを理解]

(朝日新聞  2010年12月24日)


中学時代に髪の毛が抜け始めた篠原有紀さん(38)は、米国の高校を卒業した
1991年に帰国。

彫金を本格的に学びたくて、ジュエリー関係の専門学校に入った。
円形脱毛症のことは隠していたが、ある日、親しくなった友だちに「実は私、
カツラなの」と告白した。
数日後には学校中に知れ渡っていた。
信じていた友の裏切りに、人間不信に陥った。

誰にも髪のことを言わなくなった。
つき合い始めた彼にも「だましている」という罪悪感を抱きつつ、ずっと
黙っていた。
すべてを話そうと決意してから3カ月。
泣きながら告白した。
「そんなこと、全然いいよ」
すべてを受け入れてくれた彼と、24歳で結婚。

それでも、賛成してくれていた相手の両親は円形脱毛症のことを知ると反対に
転じ、結婚式にも来てくれなかった。
「わたしが選んだ人の親が、理解をしてくれない。それは、わたしが彼を
傷つけていることと同じなのよね」
自分の病気、自分の存在が悪いと思った。


1998年、娘を出産。
成長を見守るのが幸せだった。

ところが、6歳になった娘の髪をとかしているとき、後頭部に小指のつめ
ほどの抜け毛を見つけた。
娘は小学校受験を控えていた。
夫と離婚したころでもあった。
抜け毛はやがて500円玉大に。
欧米の調査では、1親等内に患者がいる人の発症率はそうでない人の10倍と
いう報告もある。
ひょっとして、遺伝なのか。

「どうしよう。この子を守ってあげられるの。私と同じ思いはさせたくない」
抜けた部分を目立たなくするため、アイシャドーを塗り、髪を結って隠して
あげた。
自分が13歳で抜け始めたときも、母親が同じようにしてくれたことを思い
出した。
あのころ、「できるなら有紀と代わってあげたい」と話す母に、「どうせ、
無理だとわかってるからそう言うんでしょ」と思っていた。
用意してくれたカツラが気に入らないと、無遠慮に文句をつけた。
「いまの私が苦しいように、あのときのママもつらかったのよね」
自ら親となり、母親の思いを理解できた。

幸い、娘の抜け毛はしばらくして自然に止まった。
小学校の受験にも合格し、新たな生活を歩み始めた。




http://www.asahi.com/health/ikiru/TKY201012240162.html4
   

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