円形脱毛症:3 可能性求め、中国の病院に
[皮膚 円形脱毛症:3 可能性求め、中国の病院に]
(朝日新聞 2010年12月23日)
13歳で難治性の円形脱毛症になった篠原有紀さん(38)は、米国で過ごした
高校時代、いつもカツラを手放せなかった。
発毛するかも知れないという方法を知れば、母親に連れられて外国にも
飛んだ。
「とにかく、中国へ行きましょう」
日本から送られてきた雑誌を見た母が言った。
「夢の毛はえ薬」としてブームを起こした育毛剤「101」が取り上げられて
いた。
北京の病院を訪れた。
15歳だった篠原さんも母親も中国語が分からない。
筆談で「101」を処方してもらい、朝晩2回、頭に塗った。
しょうゆのような独特のにおいに「これじゃ学校に行けない」。
効果もなく、数カ月で塗るのをやめてしまった。
日本で治療を受けるため、何度か一時帰国もした。
でも、治療を受けることなく帰ったこともある。
大学病院の診察室に入った直後だった。
「はい、カツラ取って」
カーテンも閉めてもらえない診察室でカツラをとることは、とりわけ思春期の
女の子には酷だ。
ためらう姿に、医師は言った。
「こんなことぐらいでそういう態度をとっているから、治るものも治ら
ないんだよ」
泣きながら、診察室を飛び出すことしかできなかった。
父親の転勤も終わり、高校を卒業すると日本へ帰国した。
医者に不信感を抱いていたが、できる限りの治療を受けた。
円形脱毛症は自分の毛根を異物として攻撃してしまう自己免疫の病気と推定
されているが、治療法は確立されていない。
わざとかぶれさせて攻撃対象を変えさせる局所免疫療法など、いくつもの
治療を我慢して受け続けた。
頭に数十カ所、ステロイドを打つ局所注射は、あまりの痛さに3回で耐えられ
なくなった。
鍼灸治療や気功にも通ったが、効果はなかった。
誰かが笑いながら通り過ぎれば「私のカツラを笑ったんだ」と被害妄想に
陥った。
人と目が合うだけで怖かった。
ビクビクしながら過ごす日々が続いた。
太陽の下ではカツラが不自然な色に光って見え、風が強ければ髪形ばかり
気になる。
太陽と風が憎かった。
日が沈んだあとに英語で話せる外国人の友人を求め、東京・六本木の暗闇に
繰り出した。
帰国してから数年続けてきた治療も、受けなくなっていた。
http://www.asahi.com/health/ikiru/TKY201012230177.html
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