[“犯人探し”より補償を! ワクチンのリスクとメリット&無過失補償制度とは]
(nikkei TRENDYnet 2010年11月15日)
今の日本の補償制度はどうなっているのか。
ワクチンを受けることで避けることができる病気、そのワクチンのリスクと
メリットも含め、前回に続き医師、元・厚生労働省大臣政策室政策官、村重
直子さんに解説してもらう。
連載第6回では「新型インフルエンザワクチン騒動」がはらむ問題について
解説し、薬害についても言及した。
今回はこれに続き、「ワクチン無過失補償制度」について考えていく。
連載第6回で、新型インフルエンザワクチンが法定接種とされなかったため、
新型インフルエンザワクチン接種後に有害事象が起きても十分な補償は
受けられないことになったことを解説した。
ワクチン無過失補償制度がないことは、日本が「ワクチン後進国」となって
いる大きな要因のひとつだ。
<リスク、メリットどうなってる?
年齢別で子どもが受けるべきワクチンとは?>
赤ちゃんが生まれてから乳幼児期に受けるワクチンは非常に数多く、おおむね
0歳児は6種類15回、1歳児は6種類6回も接種する必要があるのをご存じで
しょうか。
「VPDを知って、子どもを守ろう。」の会のワクチン接種スケジュールに
詳細があります。
VPDとは、ワクチンで防げる病気(Vaccine Preventable Diseases)のこと
です。
小さな子どもは様々な感染症にかかりますが、1度かかったら最後、根治的な
治療法がなく、生きるか、死ぬか、後遺障害が残るか、運を天に任せるしか
ない病気もたくさんあります。
こうした病気をワクチンで防げるのなら、ワクチンを接種したいと考えるのが
普通でしょう。
ワクチン接種にもリスクがまったくないわけではありません。
熱が出たり接種した部分が赤く腫れたりしますし、極めてまれとはいえ、
重篤な後遺障害が起きる確率がゼロとはいえません。
しかし命にかかわるVPDにかかることを考えれば、前者のような軽い副作用が
あっても、ワクチンを接種した方が良いと考えるでしょう。
気になるのは、後者の重篤な後遺障害が本当にワクチンによるものなのか、
どの程度の確率で起きるのかといった点です。
諸外国では、データベースを公開し研究を重ねてきた結果、ワクチンによる
副作用だと思われていたものが、実はワクチンが原因でなかったことが
明らかになり、因果関係が否定されたものがたくさんあります。
日本でも、データベースを十分に公開し、子育て中の親たちがわが子に
ワクチン接種するか否かの判断材料として、広く情報提供する必要があるの
です。
<子どもたちの命にかかわる重要な情報が、なぜ一部しか提供されないのか>
ところが母子健康手帳に記載されるなど、市町村などから情報提供される
のは、これらのワクチンのうちの一部だけなのです。
VPDの怖さもワクチンの存在も、両親が知らなかったために、ワクチンを
接種せず、VPDにかかってしまい命を落としたり後遺障害が残ったりする
子どもたちが、日本では後を絶ちません。
子どもたちの命にかかわる重要な情報であるにも関わらず、なぜ一部の
ワクチンについてしか情報提供されないのでしょうか。
これは、厚労省や市町村などが基本的には定期接種しか扱わないからです。
そして定期接種となっていないワクチンが多く、本来は必要なはずの
ワクチンの情報が、提供されないのです。
定期接種のワクチンは、原則として無料で接種できますし、ワクチン接種後に
万一有害事象などが起きたとしても、きちんと補償されます。
ところが、定期接種化されていない任意接種のワクチンは、自己負担で接種
しなければなりません。
(ワクチンの種類・医療機関によって費用が異なりますが、3,000〜
15,000程度です)
それに万一のことが起きた場合も十分な補償はありません。
このため、任意接種のワクチンを受けている子どもは多くないのが現状です。
日本において、子どもたちの命を守るために必要なワクチンの接種率を上げる
ためには、定期接種化しなければならないワクチンがたくさんあるのです。
<リスク、メリットどうなってる?
大人だからこそ受けるべきワクチンとは?>
大人も受けたほうがよいワクチンもたくさんあります。
特に、子どもの頃に接種しなかった方、妊娠可能年齢の女性、海外渡航の多い
ビジネスマンなどは、かかりつけ医と相談するとよいでしょう。
無過失補償・免責制度があるアメリカでは、大人も補償の対象となって
いますが、日本では、65歳以上などの季節性インフルエンザワクチン以外は、
大人のワクチンも定期接種化されていないため、万一有害事象が起きても
十分な補償は受けられません。
大人のワクチンも定期接種化していく必要があります。
<ワクチンはどうすれば定期接種化できるの?>
定期接種は、予防接種法で定められていますが、任意接種にも、子宮頸がん
予防ワクチン、B型肝炎ワクチン、ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチン、
みずぼうそう、おたふくかぜなど、必要なワクチンがたくさんあります。
諸外国では定期接種扱いで普及していますが、日本では任意接種のまま、
あまり普及していない状況です。
では、どうすれば、日本でも接種率を上げるため、定期接種化できるので
しょうか。
実は、予防接種法の定期接種のリストの中に、次の条文があります。
「八 前各号に掲げる疾病のほか、その発生及びまん延を予防するため特に
予防接種を行う必要があると認められる疾病として政令で定める疾病」、
つまり、わざわざ法律を改正しなくても、政令で迅速に新たなワクチンを
定期接種化することができるのです。
なぜ厚労省はこれをしてこなかったのでしょうか?
もはや、国民の命や健康を守ることよりも、国の責任回避を優先し、定期
接種化そのものを避けているとしか考えられません。
<日本にも無過失補償制度はある?>
日本には無過失補償制度はありません。
これが、日本が「ワクチン後進国」となっている大きな要因のひとつです。
日本だけでなく、諸外国においても、ワクチンに関する不幸な歴史があり
ました。
ワクチン接種後の有害事象が、ワクチンによる副作用だと思われ(実は
ワクチンが原因ではなかったものが多い)、訴訟などのトラブルを繰り返して
きました。
国やワクチンメーカーが訴えられ、メーカーがワクチン製造から撤退すると、
国民に必要なワクチンが供給されなくなりました。
ワクチンの接種率が低下し、ワクチンで防げる病気が再び流行し死者が増える
など、惨事が繰り返されました。
これでは、国民全体の不利益となってしまいます。
それに、ワクチンで病気を防ぐことは、自然現象に対する人類の挑戦なのです
から、絶対に完璧ということはありません。
誰にも過失がなくても、極めてまれに重篤な後遺障害などが起きてしまい
ます。
にもかかわらず、訴訟で誰かに過失があったことにして賠償金を払わせる
のは、不条理ではありませんか。
こうしたワクチンの歴史から学んだ諸外国は、ワクチン接種後の有害事象で、
後遺障害が残った人々、医療や介護が必要となる人々に対して補償する、
無過失補償・免責制度を作ってきました。
例えば、アメリカ国民は、ワクチンの無過失補償・免責制度によって、2つの
選択肢を得ました。
この制度で補償金を受け取るか、従来通り裁判で誰かの過失を追及するかの
どちらかです。
補償金を受け取ったら訴訟を起こせませんし、訴訟を起こすなら補償金を
受け取ることはできません。
<厚労省は保険のようにリスクを誰がどう分散して担うか議論してこなかった>
無過失補償・免責制度は、訴訟で誰かの過失責任を問うのではなく、有害
事象が起きた人々を広く救済しようという考えに基づいています。
「過失があったか、なかったか」が問題にならないのは、国民やワクチン
接種した人々がわずかずつお金を出しあい、有害事象が起きた人々の生活を
お互いに助け合おうという発想があるからでしょう。
有害事象のリスクを分散して受け止めようという考え方で、例えばアメリカは
ワクチンの値段に上乗せして集めたお金から支払う保険のような仕組み
ですし、フランスは国民の税金から支払う仕組みです。
だから、皆で出し合ったそのお金を受け取った人は、誰に対しても訴訟を
起こさないという約束が、合理的なものとして国民の合意となったので
しょう。
アメリカの無過失補償・免責制度はワクチンを対象としていますが、フランス
ではもっと幅広く患者を救済しようという概念で、ワクチンだけでなく
あらゆる医療事故を対象としています。
その一方で日本は、有害事象が起きた人々から目をそむけ、ワクチンのリスク
から逃げてきました。
厚労省は保険のようにリスクを誰がどう分散して担うのかという議論をして
こなかったのです。
<日本では「過失がないのに過失を認定」?>
無過失補償・免責制度がないために、日本の裁判所は、後遺障害が残った
人々の救済のために広く過失責任を認める傾向があります。
誰かに過失があることにして、その人(又はその人の代わりに国等)に
賠償金を支払わせる仕組みです。
例えば平成3年4月19日の最高裁判決があります。
昭和43年に小樽市保健所で痘そうのワクチンを受けた後、下半身麻痺、知能
障害が残ったとして、国に損害賠償請求したケースです。
この判決文には、次の記載があります。
裁判所では「必要な予診を尽くしたかどうか」が論点となっていますが、
医療の現実の世界で、ワクチン接種する前に健康状態に関する質問などしたら
未来がわかるとでもいうのでしょうか?
人類にはどうしようもなく確率的に起きてしまう有害事象が誰に起こるか、
医師は予言すべきだというのでしょうか?
未来の自然現象を予言する能力を、医師が持っているわけではありません。
現実の世界と乖離した判決を繰り返すばかりで、無過失補償・免責制度という
第2の道を作ってこなかった日本では、人類には不可能な「予診」義務なる
ものが医師に負わされています。
医療現場で日々繰り返されている「予診」は、一体誰のために、何のために
行われているのでしょうか?
それは、国の責任を医師に転嫁するためのセレモニーとしか言いようが
ありません。
誰の過失かという不毛な議論を続け、ワクチンが普及しないことは、国民
全体の不利益です。
誰かに過失を負わせるしか救済する道がない現状から早く脱却し、ワクチン
接種率を高めて国民の命や健康を守るためには、訴訟ではない「もうひとつの
道」を用意する必要があるのです。
<日本の補償制度は「過失ありき」?>
日本にも一応、補償制度はありますが、救済する範囲が狭いことや、補償
金額が低いことなど、十分な制度とは言えません。
そして、諸外国の無過失補償・免責制度との大きな違いは、日本では誰かに
過失があったことにして、その人(またはその人の代わりに国等)に賠償
させるという裁判のような発想に縛られたままであることです。
予防接種法に定められたワクチン(定期接種と臨時接種)の場合、国が国民の
税金から支払いますが、それ以外のワクチン(任意接種)の場合、メーカーの
拠出金から補償が支払われます(表)。
つまり、訴訟になればほぼ必ず過失を認められる国と訴訟対象となる
メーカーに、訴訟になる前から支払わせる仕組みと言えます。
<誰かの過失を追及せずとも補償してもらえる無過失補償・免責制度が必要>
一方、国民にとっては、あるワクチンが定期接種であろうと任意接種で
あろうと、確率的に起きてしまう有害事象のリスクは同じです。
にもかかわらず、定期接種の補償金額(死亡時4,280万円)と、任意接種の
補償金額(死亡時710万円)は大きく異なります。
厚労省がワクチンを定期接種化せず、任意接種のまま据え置いていることは、
国民の不利益なのです。
国民の命や健康を守るためには、接種率を上げる必要があります。
そのためには、きちんと定期接種化して十分な補償を用意するとともに、
誰かの過失を追及せずとも補償してもらえる無過失補償・免責制度が必要なの
です。
お互いに助け合おうという発想ではないため、誰に対しても訴訟を起こさない
という合意ができていない日本では、免責制度がなく、補償金を受け取った
人もさらに過失を追及する訴訟を起こすことができます。
こうして日本では、「過失があったか、なかったか」という不幸な議論が
繰り返されるのです。
厚労省が定期接種化を避けるのは、無過失補償・免責制度がない日本では、
「過失がないのに過失を認定」されるため、その架空の「過失」を、厚労省
から医療現場の医師たちに責任転嫁しているというわけです。
(文/村重直子:医師、元・厚生労働省大臣政策室政策官)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20101115-00000001-trendy-soci