[顔面神経麻痺:3 進まぬ回復 焦りと不安]

(朝日新聞 2010年4月29日)


顔面麻痺を起こして「ラムゼイ・ハント症候群」と診断された横浜市の本間
京子さん(62)は2008年9月、市内の西横浜国際総合病院で入院治療を
受け、月末に退院した。

自宅でほっとしたのもつかの間、不安が襲ってきた。
顔の左半分は麻痺したまま。
左目を閉じられない。
めまいも続いていた。

「焦らず、ゆっくり治していきましょう」
退院の際、稲葉鋭・耳鼻咽喉科部長(51)=当時=から、半年はかかる、と
言われた。
半年なんて、気が遠くなるようだった。


口の左半分が動かないので、食物を口に入れても、ぼろぼろこぼれてしまう。
ザザー、グワー、キーン。
いつから始まったのか。
耳鳴りは、隣にいる人にも聞こえるのではないかと思うほどだった。
特に朝起きた時が大きく、寝るのが怖くなった。
めまいがして、髪をとかせない。
まひもあるし、きっとひどい顔をしているのだろう。
でも、その時は、耳鳴りの方がつらかった。
これが一生続くなら、死んだほうがましだと感じた。

週2回、夫の実さん(66)が運転する車でリハビリに通ったが、効果はあまり
感じられなかった。
それどころか、悪くなっているのではないか。
帰り道、パニックになって、車から飛び出そうとすることもあった。
「ゆっくり治そうと言われただろう」
そのたびに実さんはドアを抑え、京子さんの体を抱え、稲葉医師の言葉を繰り
返した。

12月になると、京子さんは毎年、クリスマスの飾り付けを楽しみにしていた。
大きなツリーや色とりどりの照明。
だが、その年はとてもそんな気分になれなかった。

稲葉さんは心の専門家に相談した方がいいと考えた。
12月中旬、娘の祐子さん(37)も一緒に大学病院の精神科を訪ねた。
カウンセリングを受け、軽い抗うつ剤をもらった。
気持ちが少し落ち着いたように思えた。


ところが、大みそか、京子さんは鏡を見て叫び声を上げた。
目を動かそうとすると口が動く。
口を動かそうとすると、目が動いた。

「共同運動」
ラムゼイ・ハント症候群の後遺症の1つで、神経の炎症が回復
する際、別の回路とつながってしまうことがある、と聞かされていた。
後遺症だけは絶対に起こしちゃいけないと思っていた。
そのためにリハビリも頑張ってきた。
「もう、だめだ」
京子さんは辺りにあるものを手当たりしだい、壊した。

http://www.asahi.com/health/ikiru/TKY201004290166.html