遺伝子人類学:縄文人は多様・ハプロDグループは長寿
[分子人類学:遺伝子レベルで迫る「新・人類学」
日本人のルーツ推定可能に]
(毎日新聞 2010年11月9日)
日本人はどこから来たのか。
この疑問に、遺伝子から迫る「分子人類学」が注目されている。
細胞の小器官・ミトコンドリアのDNAを詳しく調べることにより、その人の
ルーツが推定できるのだ。
この手法は、日本人の起源を知る研究に加えて、遺伝的特徴と寿命や体質との
関係についても、さまざまな材料を提供してくれるという。
【斎藤広子】
ヒトの遺伝情報は、父親と母親から受け継がれ、細胞の核の中にあるDNAに
格納されている。
これとは別に、ミトコンドリアにもDNA(mtDNA)があり、母親からだけ
受け継いだ情報が詰まっている。
mtDNAには、一部の配列で塩基が置き換わるなどの個人差がある。
同じ個人差を持った集団は特定の地域に分布するなどの特徴があり、その数は
世界で100以上、日本では約20にのぼる。
こうしたグループを「ハプログループ」と呼ぶ。
国立科学博物館の篠田謙一・人類史研究グループ長(分子人類学)は
「主要分布地域から、特定のハプログループがどこで誕生し、どのように
広がったか、また配列の特徴から、いつごろ誕生したのかを探ることも
できる」という。
出土品や人骨の特徴から探ってきた考古学的な人類学とは異なり、遺伝子
レベルで迫る新しい人類学だ。
<突然変異で分類>
人類は20万年前にアフリカで誕生し、世界に広がったとされる。
この間、mtDNAも突然変異を重ねてきた。
ある女性のmtDNAに突然変異が起きると、その子どもは父親にかかわらず
突然変異を受け継ぐ。
その子孫の女性のmtDNAに突然変異が起き、受け継がれることによって、
新しいハプログループが生まれる。
裏返せば、同じハプログループに属している人は、究極的には同じ母親に
たどり着くというわけだ。
篠田さんらの調査では、沖縄県民の4人に1人が「M7a」というハプロ
グループに属す。
それ以外の日本人(M7aは全体の約7%)に比べ目立って多い。
さらに調べると、M7aのルーツは「約2万5,000年前、琉球列島を中心とした
地域」と推定できる。
<縄文人も多様だった>
発掘された縄文人や弥生人の人骨からmtDNAを取り出して配列を読み、
起源を探る研究も進む。
篠田さんと山梨大の安達登教授(分子人類学)らは、北海道各地で出土した
縄文人骨54体のmtDNAを分析した。
その結果、4グループに分類できた。
65%と最も多かった「N9b」は、ロシア・アムール川下流域の先住民に多い
グループ。
他のグループも、カムチャツカ半島の先住民や北東アジアに多いことが
分かった。
篠田さんは「北海道は1万~7万年前の氷河期には、ユーラシア大陸と陸続き
だった。北海道に住んでいた縄文人は、大陸北東部と行き来していた」と分析
する。
「一口に縄文人というが、mtDNAから見れば、私たちの祖先はさまざまな
背景を持った人たちの集まり」と篠田さん。
この春、異分野の研究者らがまとめた日本人の起源と変遷に関する研究でも、
この成果が縄文人の遺伝的多様性を裏付ける根拠として貢献した。
<病気との関連も>
ハプログループが共通の遺伝的特徴を持っていることを利用して、病気や体質
との関連を見ようとする研究も始まっている。
東京都健康長寿医療センター(東京都板橋区)の福典之研究員(スポーツ
生化学)は、全国の日本人672人(18~105歳)の了解を得て、mtDNAの
全塩基配列を解読し、ハプログループと健康状態の関係を調べた。
その結果、糖尿病患者が特定のハプログループに集中したり、逆に少ない
グループがあるなど、体質の違いが確認できたという。
また、105歳以上の高齢者に着目して調べたところ、多くが「D4a」という
グループに属していた。
D4aだけでなく、Dグループは長寿の傾向があるという。
Dグループの比率は縄文時代より拡大しており、福さんは「Dグループの
ミトコンドリアの機能が、生存に適していたということだろう」と話す。
東アジアの南方に多いFやEグループは北方に見られず、北方にはA、G、Y
などのグループが多い。
寒い北方では、ミトコンドリアの熱生産効率が高いグループが結果的に
生き残ったと推定できる。
福さんは「遺伝と健康との関係は、核のDNAが受け継ぐ遺伝情報も考慮
しなければならないが、長寿や体質とハプログループとの関係が分かれば、
生活習慣に気を付けるなど病気の予防につなげられるかもしれない」と話す。
■ことば ◇ミトコンドリアDNA
ミトコンドリアは「細胞内の発電所」と呼ばれ、酸素を取り込んで生命活動を
支えるエネルギーや熱を作っている。
そのミトコンドリアが独自に持つDNAは約1万6,000塩基対からなり、
ミトコンドリアが作るタンパク質などに関する情報が含まれている。
母から子にだけ伝わるという特性から、母系をたどる研究などに使われる。
http://mainichi.jp/select/science/news/20101109ddm016040008000c.html