[50歳のレーシック手術体験記(その5)}

(朝日新聞  2010年11月7日)

町医者だから言いたい! 長尾和宏


<手術後3カ月間>
近視から、正視を通りこして、遠視となったあのころの自分は、日々の生活に
必死でした。
角膜の乾燥防止のための点眼にも慣れてきました。

メガネから解放されると思いきや、何のことは無い。
近眼鏡から、老眼鏡に変わっただけでした。
近眼鏡は、かけっぱなしですが、老眼鏡はかけたり外したり。

遠くは、なんとか見えます。視力0.5ぐらいでしょうか?
夜になると車の運転は、老眼鏡無しでできました。
しかし、眼鏡をかけたり外したり・・・

あの、メガネにつけるヒモのようなものの意味がやっと分かりました。
自分自身が、まさか、あの「ヒモ」のようなものをつけるとは思いもしません
でした。

老眼鏡をかけたり外したりの生活は、大変疲れます。
生まれてこのかた頭痛を経験したことがなかったのですが、さすがに頭が痛く
なりました。

それでも、自分で決めて自分でやったこと。
誰にも文句は言えません。
「慣れるまで待とう」と思い直しました。

春の匂いがし始めた3月、思い切ってゴルフに出かけました。
生まれて初めて裸眼で見たフェアウエイーは感無量でした。
しかし、自分のボールのマークが識別できません。

普通は、自分のボールかどうか、目を近づければ識別できます。
しかし、遠視になると、いくら近づこうが、遠くから見ようが、永遠に識別
することが、できません。

ボールを打つ度に、キャデイさんに自分のボールマークを確認してもらい
ました。
何も知らないキャデイさんは、「視力障害者」として扱ってくれました。

定期健診の度に、「もう少し待て」と言われました。
1年は経過をみないと、最終的にどこに落ち着くか分からないとの説明。
そうはいっても、日々の生活は、不便になるばかりです。

レーシックが上手く行かなかった人のために提携している眼鏡屋さんで、
何度も老眼鏡の相談に乗ってもらいました。
一時は、コンタクトレンズも無料で頂きました。

33万円には、このようなアフターケアコストも含まれていたんだ。
しかしまさか、コンタクトをつけて、老眼鏡をかけるとは思ってもみません
でした。

気がつけば3カ月後には、忙しい仕事の合間を縫って、「理想の眼鏡」を探す
旅に出ていました。
(続く)

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